震災発生前の記事
「福島原発は欠陥工事だらけ」
担当施工管理者が仰天告白
週刊朝日2002年9月20日号配信
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資源エネルギー庁の原発推進PR費だけで、年間70億円もの税金が使われている。一方で次から次へと明るみに出る東京電力の損傷隠しに、「もっと大きなものを隠しているのではないか」という声さえも漏れるほどだ。福島原発で実際に建設に取り組んだ元技術者たちが、驚くべき現場のずさんな実態を本誌に語った。(編集部注:本誌2002年9月20日に掲載。年齢、肩書き等は当時のものです。ご注意ください)
福島第一、第二、柏崎刈羽原子力発電所で起きた東京電力の損傷隠しは、日本の原発への信頼性を大きく揺さぶった。東電のうそつき体質が明らかになり、チェックもできず判で押したように「安全宣言」を出してしまう経済産業省の原子力安全・保安院の無能さが世間に知れ渡ってしまったのだ。
だが、原発にまつわる「不正」「ずさんさ」はじつは、これだけにとどまらない。
鹿児島大学非常勤講師の菊地洋一さん(61)は、厳しい口調でこう語るのだ。
「国はすぐに『安全だ。安全だ』と言うが、原子炉メーカーや現場の実態も知らずに、複雑で巨大なシステムの原発を簡単に安全などとは言ってほしくない。保安院も東電も原発の基本的な仕組みしかわからないから、原発推進の御用学者たちの言うことに振り回されているのだろう。だが、今回のシュラウドのひび割れだって大変なことで、地震が起きたらどうするのか、そういう危機感を持たない保安院や東電の意識は非常におかしい。すべてが現場を知らない机上の空論で成り立っている。そもそも、『安全』と言う前提には、建設工事のときから完璧な材料を使って、かつ完璧な施工がされたというのが絶対条件だろうが、建設現場ではそれはあり得ないこと。現場は試行錯誤の中で手探りで仕事をしているんです」
じつは、菊地さんは今回問題になっているGEIIの前身のGETSCOの元技術者で、東海第二(78年運転開始)と福島第一の6号機(同79年)の心臓部分である第一格納容器内の建設に深くかかわっている。GETSCOは沸騰水型炉を開発したGEの子会社で、GEがこの二つの原子炉を受注したのだ。
菊地さんの当時の立場は企画工程管理者といい、すべての工事の流れを把握して工程のスケジュールを作成する電力会社と下請けとの調整役だったという。現場では、自分の作業内容しか知り得ない技術者がほとんどだが、第一格納容器の隅々までをつぶさに知る数少ない人物の一人だ。
「建設中に工事の不具合はいくらでも出てくる。数えたらキリがない。当然のことですが、ちゃんと直すものもあります。でも信じられないことでしょうが、工期や工事費の都合で、メーカーや電力会社が判断して直さないこともあるんです。私が経験した中では、福島第一の6号機に今も心配なことがある。じつは、第一格納容器内のほとんどの配管が欠陥なのです。配管破断は重大な事故に結びつく可能性があるだけに、とても心配ですが......」
ほとんどの配管が欠陥とは、穏やかな話ではないが、どういうことなのだろうか。
主要な配管の溶接部分についてはガンマ線検査があるため、溶接部分近くに穴があいており、検査が終わると、外からその穴にガンマプラグという栓をはめていくのだそうだ。ところが6号機の第一格納容器内では、プラグの先が配管の内側へ飛び出してしまっている。仕様書では「誤差プラスマイナス0ミリ」となっているのに、最大で18ミリというものまであった。
原因は、度重なる設計変更だ。当初の計画では肉厚の配管を使う予定が、いつのまにか薄い配管になってしまっていたのだった。
担当外だった菊地さんが気づいてすぐに担当部署に相談したが、最終的には配管工事を請け負った業者の判断に一任され、結局、直されることはなかった。
菊地さんが続ける。
「確かに配管を直したら、プラグの発注から始まり検査や通産省立ち会いの耐圧試験も含め、半年や1年は工事が延びたと思う。工事が1日延びれば、東電側に1億円の罰金を支払わなければならないというきまりもあった。GE側は業者の判断によっては違約金の支払いも覚悟していたが、最終的には業者側の直さないという判断を尊重した形になった。でもこの配管を放置しておけば、流れる流体がプラグの突起物のためにスムーズに流れなくなり乱流が生じ、配管の一部が徐々に削られていき、将来に破断する可能性だってある。それが原因で、何十年後かにドカンといくかもしれないのです」
今回の損傷隠しで、6号機はジェットポンプの配管のひび割れが未修理のまま運転されていることが明らかになっている。このずさんな工事と関係があるのだろうか。
◆大型のジャッキで圧力容器を矯正◆
菊地さんは、6号機を東電に引き渡した後、退社したが、その後も第一格納容器内の配管が破断し、暴走する夢を見たという。
実際、86年には米バージニア州のサリー原発で、直径45センチの配管が破断する事故が起きた。それまで「配管の破断前には水漏れ状態が続くため、完全破断する前に対策をとれる」ということが「定説」になっていたが、サリー原発では瞬間的に真っ二つに断ち切れる「ギロチン破断」と呼ばれる状態になった。定説を覆す、予期できないことが原発には起きるのだ。
福島第二原発の3号機のポンプ事故(89年)後、菊地さんは、6号機の配管も、「全部めちゃくちゃだから直すように」と東電本社に直訴した。東電からは一部主要な配管は替えたものの「ほかはちゃんと見ているから、安全です」という答えが返ってきたという。
「東電はこの配管の問題性をちゃんと認識しているのか。通産省(当時)に報告しているのか。報告しているのなら、通産省がどんな調査をし、どう判断したのか。そのうえで東電は安全だと言っているのか、はなはだ疑問だ」(菊地さん)
では工事をチェックする立場の国は、何をしていたのだろうか。菊地さんがこう説明する。
「まったくあてになりませんね。通産省の検査のときに、養蚕が専門の農水省出身の検査官が来たという話も聞いたことがあるほどです。現場では国の検査に間に合わなくて、ダミー部品をつけておいて、検査が終わってから、正規の部品に取り換えるということもやった。もちろん、検査官は気がつきませんよ」
こんなこともあった。
東海第二の試運転を前に国の検査があった。だがその前日、電気系統がトラブルを起こし、使えなくなってしまったという。試験当日は国の検査官を前に、作業員が機械の前で手旗信号で合図し、電気が通って機械が作動しているように見せかけた。それでもしっかりと「合格」をいただいたというのだ。まるでマンガのような話だ。本当に、おかしなことを挙げていけばキリがないようだ。
「いかに国の検査が形式的でいい加減なものかということがわかるでしょう。何よりも問題なのは、いい加減な検査を受けた原発が、いま現在も動いていて、国が安全だとお墨付きを与えているということなのです」
菊地さんは次々に起きた浜岡原発の事故や今回の損傷隠しを契機に50ccバイクで全国をまわり、自らの体験を生かし反原発を訴えていくことを計画しているという。
今回の損傷隠しのきっかけは、2年前のGEIIの元技師による内部告発だった。原発に関する内部告発は、じつは14年前にもあった。
現在、科学ジャーナリストの田中三彦さん(59)がメーカーの不正な工事過程を告発したのだ。
内容は、田中さんが日立製作所の関連会社のバブコック日立の設計技師だった74年に起こった出来事だった。
同社は日立製作所が受注した福島第一原発4号機(78年運転開始)の原子炉圧力容器を製造していたが、製造の最終過程でトラブルが起こった。高さ約21メートル、直径約6メートルの円筒形で厚さ約14センチの合金鋼製の圧力容器の断面が、真円にならず、基準を超えてゆがんだ形になってしまったというのだ。
これも冗談のような話なのだが、容器内部に3本の大型ジャッキを入れ、610度の炉の中に3時間入れてゆがみを直したというのだ。田中さんは当時、原子力設計部門から別部門に異動していたが、急遽呼び戻され、どれだけの時間をかけて、何度の熱処理をすべきか解析作業を担当させられた。作業は国にも東電側にも秘密裏で行われ、ゆがみを直した後、東電に納入されたのだという。
◆国と業界一体で「安全」ゴリ押し◆
田中さんはその後退職し、88年に都内で開かれた原発シンポジウムで、
「ジャッキで無理に形を整えた圧力容器が実際に運転しており安全性を心配している」
と"告発"したのだ。
田中さんが懸念したのは、ジャッキで力を加えた熱処理による材料の性質の変化などで、それによる原子炉の安全性の問題だった。
しかし、告発からわずか数日後、東電と日立製作所、そして通産省までもが、
「問題ない処置だった」
と口をそろえ、またもや得意の"安全宣言"を出した。
田中さんはこの経過を90年に出版した『原発はなぜ危険か―元設計技師の証言―』(岩波新書)に詳細にまとめている。田中さんはこう話す。
「ゆがみの矯正は明らかに違法行為であり、日立側は私との話し合いで、最後まで当時の生データも出さなかった。また告発後、通産省も東電も日立から事情聴取することもなく、すぐに安全宣言を出した。今回の東電の損傷隠しでもこれが繰り返されている」
なぜ、こうも国はちゃんと調べずに安全宣言を出してしまうのか。そして何よりも恐ろしいのは、この福島第一原発4号機も、その後も十分な検証が行われないまま、今も稼働しているということだ。
「根本的な問題は、電力業界の体質そのものです。彼らには罪の意識はまったくなく、逆に合理的な判断の上に成り立っていると思っている。それは給電の計画変更などのコストの問題、同じ構造の原子炉を持つほかの電力会社への影響など、結局は電力会社サイドの勝手な都合で決められている。国も『あうんの呼吸』でそれを見守ってきた。国も電力会社も原発が壊れるまで『安全だ』と言うのでしょう。いつかはわからないが、大事故は必ず起きる。早急に脱原発の方向に切り替えるべきだが、その前に、せめて国の技術的なレベルを上げ、原発に対する管理能力をきちんとすべきです」(田中さん)
最近、70年代半ばに通産省の検査官が逆に東電に損傷隠しを指示した疑惑も報道されている。まさに「あうんの呼吸」を持つ官業もたれ合いの原子力行政そのものであり、「原発は安全だ」と喧伝する中で、官業一体となって「損傷隠し」までしてきてしまったというわけだ。
いずれにしろ、欠陥だらけの原発が稼働し続けているという、この恐ろしい状態を脱するには、保安院でも東電でもない第三者機関にきちんと調べてもらうしかない。 (本誌取材班)
福島第1原発で新たに33機器点検漏れ
http://www.minyu-net.com/news/news/0301/news3.html (リンク切れ)
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保守管理の規定の期間を超えても点検を実施していない点検漏れの機器が見つかった問題で、東京電力は28日、経済産業省原子力・安全保安院に調査結果を最終報告した。
報告では福島第1原発で新たに33機器で点検漏れが見つかった。県は「信頼性の根本に関わる問題」と東電に再発防止策の徹底を求めた。
東電によると、福島第1原発で見つかった点検漏れは定期検査で行われる機器ではなく、東電の自主点検で定期点検が行われている機器。
しかし、最長で11年間にわたり点検していない機器があったほか、簡易点検しか実施していないにもかかわらず、本格点検を実施したと点検簿に記入していた事例もあった。
(2011年3月1日 福島民友ニュース)
2011年03月の記事
東電、福島原発の事故 米NRCが20年前に警鐘 -非常用発電機にリスク
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3月16日(ブルームバーグ):東日本大震災で東京電力福島第一原発に起きた事故について、20年前に警鐘を鳴らしていたリポートがある。米国の原子力規制委員会(NRC)による「NUREG-1150」だ。
それによると、地震発生時に炉心溶融につながる事故の例として、原子炉を冷却するため水を外部からくみ上げるポンプを動かす非常用ディーゼル発電機の破損や停電、貯水タンクの故障などによる冷却機能不全が高い確率で起こると指摘していた。
今回の事故は、福島第一原発の原子炉6機のうち運転中だった1、2、3号機は地震の揺れを感知して運転を自動停止したが、非常用ディーゼル発電機が作動せず、冷却ができない状態になった。日本政府は、経産省原子力安全・保安院が04年6月に公表した「リスク情報を活用した原子力安全規制の検討状況」という資料で、このリポートも紹介している。
元日本原子力研究所研究員で核・エネルギー問題情報センターの舘野淳事務局長は、リポートが提示したリスクへの対応策について、「東電は学んでいなかったのだろうか」と指摘、「天災が1000年に一度や想定外といった規模であったとしても、そんな言い訳は許されない」と述べた。
東電の広報担当、元宿始氏は当社がそのリポートを認識していたかどうか直ちには確認できない、と述べた。
原発は、原子炉圧力容器内で燃料が核分裂する熱で蒸気を発生させ、タービンを回している。緊急停止した際には、高温になっている燃料を冷やすため冷却水を注入して冷やす。冷却に失敗すると、炉内の温度が上昇し、核燃料自体が溶け出す「炉心溶融」に陥る危険がある。
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 白木真紀 Maki Shiraki mshiraki1@bloomberg.net 北村真樹子 Makiko Kitamura mkitamura1@bloomberg.net;
記事に関するエディターへの問い合わせ先: 大久保義人 Yoshito Okubo yokubo1@bloomberg.net Young-Sam Cho ycho2@bloomberg.net 井上加恵 Kae Inoue kinoue@bloomberg.net9501 JP <Equity>9502 JP <Equity>9503JP <Equity>I KIGYONI COSNI JEALLNI JMALLNI MOVNI TOPJNI JNEWSNI JPALLNI JAPANNI ASIANI JAPANHEADERS
更新日時: 2011/03/16 13:25 JST
【放射能漏れ】大津波、2年前に危険指摘 東電、想定に入れず被災 - MSN産経ニュース
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2011.3.26 22:42
東日本大震災で大津波が直撃した東京電力福島第1原発(福島県)をめぐり、2009年の審議会で、平安時代の869年に起きた貞観津波の痕跡を調査した研究者が、同原発を大津波が襲う危険性を指摘していたことが26日、分かった。
東電側は「十分な情報がない」として地震想定の引き上げに難色を示し、設計上は耐震性に余裕があると主張。津波想定は先送りされ、地震想定も変更されなかった。この時点で非常用電源など設備を改修していれば原発事故は防げた可能性があり、東電の主張を是認した国の姿勢も厳しく問われそうだ。
危険性を指摘した独立行政法人「産業技術総合研究所」の岡村行信活断層・地震研究センター長は「原発の安全性は十分な余裕を持つべきだ。不確定な部分は考慮しないという姿勢はおかしい」としている。
東電、大津波の危険 2年前に指摘されるも想定に入れず 何の対策もせず
ttp://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032601000722.html
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東日本大震災で大津波が直撃した東京電力福島第1原発(福島県)をめぐり、2009年の審議会で、平安時代の869年に起きた貞観津波の痕跡を調査した研究者が、同原発を大津波が襲う危険性を指摘していたことが26日、分かった。
東電側は「十分な情報がない」として地震想定の引き上げに難色を示し、設計上は耐震性に余裕があると主張。津波想定は先送りされ、地震想定も変更されなかった。この時点で非常用電源など設備を改修していれば原発事故は防げた可能性があり、東電の主張を是認した国の姿勢も厳しく問われそうだ。
危険性を指摘した独立行政法人「産業技術総合研究所」の岡村行信活断層・地震研究センター長は「原発の安全性は十分な余裕を持つべきだ。不確定な部分は考慮しないという姿勢はおかしい」としている。
06年改定の国の原発耐震指針は、極めてまれに起こる大津波に耐えられるよう求めるなど大幅に内容を改めた。東電は、新指針に基づき福島第1原発の耐震設計の目安となる基準地震動を引き上げると経済産業省原子力安全・保安院に報告。保安院は総合資源エネルギー調査会の原子力安全・保安部会で研究者らに内容の検討を求めた。
委員の岡村氏らは04年ごろから、宮城県などで過去の津波が残した地中の土砂を調査。貞観地震の津波が、少なくとも宮城県石巻市から福島第1原発近くの福島県浪江町まで分布していることを確認した。海岸から土砂が最大で内陸3~4キロまで入り込んでいた。
貞観津波についての研究は1990年代から東北大などが実施。岡村氏らの研究チームは、津波を伴う地震が500~1000年間隔で発生してきたとしているが、震源断層の規模や形状、繰り返し期間をめぐっては研究者間でも異論がある。
2011/03/26 22:48 【共同通信】
NEWSポストセブン|原発事故の原因の一つ 東電社内人事で原発専門家追放の過去
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2011.03.31 16:00
東日本大震災で損傷した東京電力福島第一原子力発電所への外部電源の復旧工事、そして、放水・冷却作業。被曝覚悟で決死の活動を展開している現地の東電、メーカー、下請け業者、自衛隊、警察、消防の方々には心から敬意を表したい。大前研一氏はそう語りながらも、「だが」――と、問題の本質を以下のように指摘する。
* * *
そもそも日本政府は、原子力産業を推進するといっておきながら、民間企業の電力会社にすべての責任を押しつけてきた。電力会社の原発関係者は、立地に反対する地元住民の罵声を浴び、石を投げられながら必死に説得を試み、膨大なコストを払って原発を建設・存続させるための“創意工夫”を重ねてきた。
その結果、1か所に6基も原子炉が集中し、使用済み燃料の貯蔵プールが同居したことで、前代未聞の大事故を招いてしまったのである。
もう一つの“語られざる原因”は、2002年に起きた「原発トラブル隠し」問題で、東電が社内の原子力関係者を忌み嫌い、当時の社長と(福島第一原発所長を20年経験した)常務、およびその部下たちをパージ(追放)してしまったことである。
今や取締役以上は事務系の人が大半で、原子炉の現場関係者はほとんどいない。今回、東電の対応が後手後手だと批判されているが、それは複雑きわまりない原発の内部構造を熟知している原子炉プラントの専門家が上層部にいないからである。
もはや産業としての原発は終わった。国内に新設することはもちろん、海外に輸出することも無理だろう。国内に残っている原発は存続できたとしても、今までの日本的な行政主導のやり方ではリスクが高すぎて民間企業には背負いきれないだろう。
今後も国策として原子力を続けるなら、既存の原発は国が買い取り、国が責任を持って運営すべきである。そうしないのであれば、原子力が担っている30%分の電力を削減する以外に選択肢はない。
※週刊ポスト2011年4月8日号
asahi.com(朝日新聞社):原発の津波評価、東電が先送り計画 震災前の文書で判明 - 社会
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2011年10月3日15時2分
東京電力が東日本大震災前に福島第一原発で想定を上回る津波を試算していた問題で、東電が原発の津波評価の見直しを2012年10月に先送りする計画だったことが分かった。朝日新聞の情報公開請求で経済産業省原子力安全・保安院が3日開示した東電の文書で明らかになった。
開示された資料は、東電が震災4日前の3月7日、保安院の担当室長らに説明していた「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」でA4判1ページとA3判2ページ。政府の地震調査研究推進本部の見解や土木学会での審議を踏まえた3通りの試算を提示。いずれも従来想定の5.7メートルを大幅に上回り、うち2つは10メートルを超えていた。この報告を受けて、保安院の担当室長は早急に報告書を提出し、設備面の対策を取るよう求めていた。
文書は一方で、過去に起きた大津波(貞観津波)を考慮してより具体的な評価をするには「更なる知見の拡充が必要で、あと2~3年程度要する」との専門家の見解を提示。福島県内では高さ4メートルまでしか津波の痕跡が見つからないことを踏まえた計算を、今年10月に学会発表する方針を示していた。そのうえで土木学会が津波評価技術の報告書(指針)を改訂予定の12年10月に合わせて津波想定を再評価するとしていた。
福島第一と第二、国が求めた耐震確認行わず
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国が原子力発電所の耐震指針を2006年に改定し、より大きな地震への備えを求めていたにもかかわらず、東京電力は福島第一原発と福島第二原発でその作業をほとんど進めていなかったことがわかった。
13日夜、経済産業省原子力安全・保安院の専門家会議で報告された。東電は「柏崎刈羽原発での作業に手間取り、福島の対応が遅れた」と話している。
指針改定により想定地震の規模が引き上げられたため、制御棒周辺の注水配管など1基あたり約100か所の主要設備について強度を再評価し、必要に応じて補強工事をしなければならなかった。東電は、100か所のうち原子炉圧力容器など最も重要な7か所の耐震性は、福島第一と第二の計10基とも09年までに確認を終えた。しかし、残る大半の設備については、福島第二原発4号機を除く9基で未着手だった。
(2011年10月14日12時08分 読売新聞)
想定超の津波50年に10% 東電の主張揺らぐ可能性
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東京電力が2006年に、想定を超える津波が福島第1原発を襲う確率を新手法で算出、50年間に最大10%との結果を得ていたことについて、東電内の原子力専門家が「想定を超える大津波が襲う確率が格段に高くなったことを示しており、対策を取るべきだった」と18日までに共同通信に語った。
政府の原子力専門家の間でも同様の見方が出ている。東電はこの確率算出について「試行的な解析で、大きな津波の発生確率は十分小さい」(社内事故調査委員会の報告書案)としているが、東電内部でも異論が出ていることで「今回の津波は想定外」との東電の主張が揺らぐ可能性がある。
2011/10/18 20:04 【共同通信】
2011年12月の記事
東電の社内事故調「過酷事故対策が不十分」
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東京電力は2日、福島第一原子力発電所事故に関する社内事故調査の中間報告を発表した。
報告は、想定を超える津波によって、過酷事故の対応に不可欠な電源や安全設備が水没して機能せず、結果的に炉心溶融など事故拡大を食い止められなかったとした。しかし、経営陣と発電所幹部による意思決定過程や事故対応の妥当性など東電の責任には、ほとんど言及しなかった。
東電が報告の客観性確認のため設置した社外有識者による事故調査検証委員会(委員長・矢川元基東大名誉教授)の見解も同時に公表されたが、「事前の安全対策が、設備と手順の双方で不十分だった。過酷事故はありえないという原子力関係者の『安全神話』から抜け出せなかった」と指摘するにとどまった。
(2011年12月2日20時36分 読売新聞)
原発事故、津波対策なく深刻化 政府事故調が中間報告
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2011年12月26日 18時39分
政府の東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)は26日、「国、東電は津波による過酷事故を想定せず、自然災害と原発事故の複合災害という視点もなく、対策を講じなかったことが深刻な事故を引き起こした」とする中間報告をまとめた。
水素爆発した1号機で、全運転員が非常用の冷却装置を作動させた経験がないことを明らかにしたほか、事故対応では政権中枢と経済産業省原子力安全・保安院、東電の間で情報共有が不十分で、被害拡大につながったと厳しく批判した。
当時の菅直人首相らの聴取は年明けの予定で、来年夏の最終報告に向け検証を続ける。
福島原発、津波対策なく深刻化 事故調が中間報告
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2011/12/26 17:51
政府の東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)は26日、「国、東電は津波による過酷事故を想定せず、自然災害と原発事故の複合災害という視点もなく、対策を講じなかったことが深刻な事故を引き起こした」とする中間報告をまとめた。
水素爆発した1号機で、全運転員が非常用の冷却装置を作動させた経験がないことを明らかにしたほか、事故対応では政権中枢と経済産業省原子力安全・保安院、東電の間で情報共有が不十分で、被害拡大につながったと厳しく批判した。
事故の詳しい経過や全体像が浮き彫りになったが、当時の菅直人首相らの聴取は年明けの予定で、来年夏の最終報告に向け検証を続ける。
調査委は「一度起きると重大被害の恐れがある原発事故対策は、どんなに確率の低いことでも対処できるよう考え方を転換すべきだ」と提言、来年4月に発足予定の原子力安全庁(仮称)に独立性や組織力を与えるよう求めた。
中間報告によると、2008年、東電は地震による津波高15メートル超という試算を得たが、幹部は仮定の数値と判断。想定外の自然災害の対策を検討しなかった。報告を受けた保安院は対応する工事を求めず、対策基準を示す努力をした形跡もない。保安院幹部は「津波への認識は低かった」と述べた。
現場では、1号機の全運転員が原子炉冷却を担う非常用復水器(IC)を作動させた経験がなく、東電幹部も誤った認識をしており注水遅れを招いた。3号機では高圧力の原子炉に水を入れる高圧注水系(HPCI)の操作を停止した際、代替注水ができずに途切れ、炉心損傷が進んだ可能性があるとした。
情報共有や伝達の失敗は、閣僚が集まった官邸5階、省庁局長級チームがいる官邸地下、東電本店、現場の間で起きた。
例として、1号機への海水注入が官僚チームには伝えられたが首相らには伝わらなかったことや、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」で仮定に基づき放射性物質拡散を予測したが、住民避難に生かされなかったことなどを挙げた。〔共同〕
東電「対策に取り組んできた」 中間報告に反論
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政府の東電福島第1原発事故調査・検証委員会の中間報告書が「津波による過酷事故を想定せず、対策を講じなかった」と認定したことについて、東電は27日、「結果的に(対策は)不十分だったが、3月11日以前にそうすべきだったというのは少し違う」と記者会見で反論した。
東電は、津波が高さ15メートルを超えるという試算結果は、科学的根拠のない仮定の計算であると強調。松本純一原子力・立地本部長代理は「結果的に自主的な対策や国の規制が不十分であったという指摘はその通りだが、震災前でも過酷事故対策として格納容器のベントや代替注水の整備などに取り組んできた」と説明した。
2011/12/27 14:05 【共同通信】
2012年05月の記事
津波で全電源喪失指摘 保安院と東電、06年勉強会で
2012/5/15 13:58
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2004年のスマトラ沖地震を受けて、経済産業省原子力安全・保安院が東京電力など電力会社数社と開いた06年の勉強会で、大規模な津波が発生した場合に原子力発電所の全電源が喪失する可能性が指摘されていたことが15日、わかった。枝野幸男経産相が同日の閣議後の記者会見で明らかにした。勉強会では東電福島第1原発の脆弱性も話題にのぼったという。
この問題を巡っては、14日に開かれた国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(黒川清委員長)で、委員が「保安院が06年に電源喪失の危険性を指摘する文書を東電に届けた」と指摘。参考人として出席した東電の勝俣恒久会長が「当時は聞いていなかった」などと証言していた。
福島第一の電源喪失リスク、東電に06年指摘
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枝野経済産業相は15日、閣議後の記者会見で、経産省原子力安全・保安院が2006年に、福島第一原子力発電所が津波によって全電源喪失に陥るリスクがあることを東京電力と共有していたことを明らかにした。
14日の国会の原発事故調査委員会で、参考人として招致された勝俣恒久会長はこの事実について、「知らない」と回答。枝野経産相は「共有されなければ、意味がない」として、会議内容の公開も検討するとした。
枝野経産相などによると、04年のインド洋大津波で、インドの原発に被害が発生したことを受け、保安院が、独立行政法人「原子力安全基盤機構(JNES)」、東電などとの合同会議を開催。福島第一原発に高さ14メートルの津波が襲来すると、タービン建屋が浸水し、全電源喪失に陥る可能性が指摘されたという。東電は08年にも国の見解に基づき、15・7メートルの高さの津波を試算していたが、対策には生かさなかった。
(2012年5月15日13時47分 読売新聞)
2012年06月の記事
【原発】「電源喪失対策は不要」安全委が作文指示(06/05 05:28)
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福島第一原発事故の原因となった全交流電源喪失について、国の原子力安全委員会が1992年、電力会社に対し、「対策は不要」とする作文を指示し、安全設計審査指針を見直さなかったことが分かりました。
班目委員長:「指針類の策定というか、原案作りを非公開の場でやっていたこと自体、適切ではないと思いますし、さらに今回明らかになった原案なるものを電力会社に分担させて執筆させていたのは、明らかに不適切だったと思います」
東京電力と関西電力は、原子力安全委員会の指示で、「すべての電源を喪失する事態を想定しないで良い」とする文書を作成しました。これをもとに報告書がまとめられ、原発の安全設計審査指針は見直されませんでした。福島第一原発は、津波に襲われてすべての交流電源が失われたため、原子炉が冷却できなくなり、事故を起こしていて、当時、対策が取られていれば事故を防ぐことができた可能性があります。原子力安全委員会は、この文章を公開しておらず、国会の事故調査委員会の資料請求を受けて実態が明らかになりました。原子力安全委員会の事務局は、「公開の準備を進めていたが、業務が多忙で失念してしまった。隠ぺいではない」としています。
2012年6月13日7時15分
東電、06年にも大津波想定 福島第一、対策の機会逃す
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福島第一原発事故が起きる前の2006年、東京電力が巨大津波に襲われた際の被害想定や対策費を見積もっていたことが、朝日新聞が入手した東電の内部資料でわかった。20メートルの津波から施設を守るには「防潮壁建設に80億円」などと試算していた。
津波対策をめぐっては、04年のスマトラ島沖大津波を受けて06年、国が東電に対策の検討を要請したほか、08年には東電が福島第一原発で最大15.7メートルに達すると試算したが、いずれも対策はとられなかった。早期に実施された試算はことごとく生かされず、事故を回避する機会は失われた。
資料は、原子力技術・品質安全部設備設計グループ(当時)で05年12月から06年3月の間に行われた社内研修の一環で作られた。
東電、06年に福島第一の大津波対策費を試算
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東京電力が2006年、福島第一原子力発電所が大津波に襲われた場合の被害想定を行い、原子炉の冷却機能を維持する浸水防止工事に、原子炉1基で約20億円かかるとの試算をまとめていたことがわかった。
試算は、入社3年目の技術系社員が社内研修で提出する研究課題として実施したもので、その後の安全対策には反映されなかった。
東電によると、研修では、福島第一原発5号機が、どの程度の津波に耐えられるかを分析。津波が想定の5・7メートルを超えて13・5~14メートルに達すると、非常用ディーゼル発電機やバッテリーなどすべての電源を失い、原子炉を冷却できなくなるという結果を得た。津波対策の費用は、5、6号機周辺に約1・5キロの防潮壁を建設する場合は約80億円、建屋の出入り口の防水工事などに約20億円と試算した。
(2012年6月13日20時21分 読売新聞)
2013年09月の記事
2013年9月18日5時50分
遮水壁の建設、2年前に見送る 東電、経営破綻を懸念
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3divclass(rectangle01){ 東京電力福島第一原発事故後の2011年6月、東電が汚染水の流出を防ぐ遮水壁の設置を検討しながら、経営破綻(はたん)のおそれがあるとして着工を先送りしていたことが、当時の民主党政権幹部の話でわかった。東電側が当時試算した約1千億円の設置費用の負担に難色を示したためで、その後の汚染水対策の遅れにつながった可能性もある。
事故当時、経済産業相だった海江田万里・民主党代表と菅内閣で原発事故担当の首相補佐官を務めた馬淵澄夫・民主党衆院議員が朝日新聞の取材に証言した。
馬淵氏は早くから汚染水対策の必要性に着目。事故から約2カ月後の11年5月、地下水が原子炉建屋に入って汚染され、外部に漏れることを防ぐため、建屋の地下を囲う鋼鉄製の遮水壁の設置を盛り込んだ「地下水汚染防止対策報告書」をまとめた。 }
2013年11月の記事
福島第1原発1号機 燃料震災前破損70体 全体の4分の1
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福島第1原発1号機の使用済み燃料プール内にある燃料棒70体が東日本大震災前から損傷していたことが15日、分かった。プール内に保管されている使用済み燃料292体の4分の1に相当する。損傷した燃料棒を取り出す技術は確立しておらず、2017年にも始まる1号機の燃料取り出し計画や廃炉作業への影響が懸念される。
東京電力は、15日まで事実関係を公表してこなかった。同社は「国への報告は随時してきた」と説明している。
東電によると70体の燃料棒は、小さな穴が空いて放射性物質が漏れ出すなどトラブルが相次いだため、原子炉から取り出してプール内に別に保管していたという。
18日に燃料取り出しが始まる4号機プール内にも損傷した燃料棒が3体あり、東電は通常の取り出しが困難なため、対応を後回しにしている。
損傷した燃料棒は1、4号機プールのほかにも2号機プールに3体、3号機プールに4体の計80体ある。東電は専用の輸送容器を新たに製造するなど対応策を検討する。
損傷燃料が1号機に集中している理由について、東電は「1号機は当社で最も古い原発で、燃料棒の製造時、品質管理に問題があり粗悪品が多かったと聞いている。2号機以降は燃料棒の改良が進み、品質は改善した」と説明した。
1号機は東電初の原発で、1971年3月に商業運転を開始した。
2013年11月16日土曜日